
文責:伊東宏之(SIrara Inc.)
刺さる人には深く刺さってしまう物語によって、少しずつ上映館や上映機会が増えている中編映画『はなす』。
2025年5月10日にはオリジナル・サウンドトラックがリリースされました。
このページは、そのサウンドトラックについて作曲者が解説する、いわゆるセルフライナーノーツです。
リリース前には「音楽単体で作品として成立するんかな?」というそれを言っちゃあおしめえよ的な懸念を抱いていたものの、こうやっていざアルバムという形に凝縮されると"チル"な雰囲気もあり、作業用BGMや睡眠導入用にもお使いいただける気がしています。
当初、これらの楽曲はAIをフルに使って制作される予定でした。
音楽生成AIの凄まじさにワクワクしていた時期でしたし、作業効率だけではなく偶発的な化学変化を期待したのです。
しかし、いざ着手してみると全く使う機会がありませんでした。
映像や役者陣から漂ってくるゆらぎやうねりに対して音楽をぶつけようとすると、身体を使って弾く以外の手段がとれなかったのです。
さらに本作特有の音楽的な"引き算"は、どうしても手作業でしかできませんでした。
そんな背景をこの13曲から感じ取っていただけるなら、嬉しいです。
映画本編公開に先立ち、メインテーマである『はなす-Separation』のミュージックビデオが制作され、2024年周南絆映画祭などで上映・入賞を果たしました!
メインテーマであり、本アルバム最後の曲「はなす-Separation」。
これはそのバリエーション違いです。
つまり二曲を対にして最初と最後で挟んでいるという「最後まで聴けよな。絶対にだ。」というアルバム構成となっています。
このDialogueバージョンでは映像のテンションに合わせてサビには展開せず、淡々と、やや不穏に物語が進む様子を表現しました。
メイン機材:Gibson ES-175 Custom Barney Kessel Model – 1968 Left-Handed Mod
シリアスなシーンを凝視しながらアドリブで何テイクか録り、採用したのがこれです。
心情的なゆらめきを醸し出したく、フリーテンポ・マイク1本・アコースティックギター1本で録りました。
行きつ戻りつどこにも行けない心情を、究極まで削ぎ落として表現できるよう、心がけたつもりです。
メイン機材:Ibanez AE245L – 2018
メインテーマをなぞりながら、物語が新たな展開をしていく橋渡しの役割を担う曲です。
シンプルゆえに"間"がけっこうムズくて、何度も録り直しました。
最後のポーンというハーモニクス音とシーンがぴったり同期してよかった。
メイン機材:Gibson ES-175 Custom Barney Kessel Model – 1968 Left-Handed Mod
コミカルなシーン、たとえば噛み合わない微妙な空気感を演出するためのおバカな雰囲気を持った曲です。
アレンジ面では、オープンリールのテープを止めたり再生したりするようなアナログ的な仕掛けを導入するなど、だいぶ遊びながら作りました。
眉間にしわを寄せるんじゃなくて、どうやってふざけようかな、と考えながら作るのって楽しいですよね。
メイン機材:ATELIER Z BABY Z-4PJ – 2005 Lefty
その名の通り、ある人物がルールを提示するシーンでのBGM。
比較的フラット、ニュートラルなシーンではありますが、その中で漂うモヤモヤ感や捉えどころのない不安を表現しようとしています。
音響的には、古めのカセットテープで再生した時の、微妙な音のヨレといった隠し味が加えられています。
メイン機材:Native Instruments Ethereal Earth
他人とのかすかな共鳴を覚えて鼓動が少しだけ高鳴る、というシーンのための音楽です。
この曲の残響音が醸し出すレイドバック感や、ベース音がドルドルと入ってくる展開は個人的にけっこう好み。
メイン機材:Fender Stratocaster – 2006 Lefty
コソ泥をイメージした曲。
少しコミカルで怪しい雰囲気や、泥棒側のうしろめたさと逡巡を表現しようとしています。
メイン機材:IK MULTIMEDIA Gamelan Soft Mallet
想定外のことが生じた際の、なんともいえないコミュニケーションの歪みや不安定な空気感。
これを低くうごめくダブルベースと、それを煽るようなパーカッションで表現したかったのです。
メイン機材:MOTU The Upright
ふつうであればピアノを使いそうな抒情的な響きを、あえてウクレレでやってみました。
ピアノはメロディも伴奏もこなすという意味でパーフェクトな楽器ですが、その対極にあるようなウクレレの不自由さが本作のムードになんだか似合うよな、と思ったわけです。
そもそも映画のサントラってものすごい頻度でピアノが使われがちなので、今回は全曲に渡り、謎の対抗心でそれに抗おうとしています。
メイン機材:Kaala KU-2
岡本監督の別作品のために作っていた曲ですが、本編のあるシーンに妙にハマったので採用されています。
ウクレレだけが持つ独特のかわいらしさ、拙さを活かしたサウンドになっています。
拙さについては弾き手(おれ)のスキル不足が原因ですが。
ウクレレつながりで9曲目の「帰れるところ」と続けて聴いていただくと、良い塩梅になるはず。
メイン機材:Kaala KU-2
うろ覚えのメロディを探り探り歌う人、そしてそれを見よう見まねで追いかける人をイメージしています。
ピッタリ揃わなくてもまあそれでもいいよね、というコミュニケーションの姿を表現しようとしました。
メイン機材:MOTU Celesta,Marimba
ちょっと崇高な何か、人知では捉えきれない朝の光のようなものを思い浮かべて作った曲です。
自分でも何を言ってるのか分かりませんが、とにかくそうです。
ある音楽理論に基づいて制作しているのですが、たぶん間違っていて音楽理論警察の方に怒られるので、どんな理論かは秘密にしておきます。
メイン機材:Spitfire Audio Cinematic Pads
『はなす』という一風変わった物語と向き合ってすぐ、つまりシナリオの段階から、この曲の原型は生まれていました。
なので、他の曲すべてはここに収束させるべく作られたと言っても過言ではありません。
フルアコースティックギターとダブルベースという超ミニマム編成で最後まで押し切るべきかちょっと悩みましたが、楽器同士の"はなす"を表現するにはこれしかないと判断しました。
僕自身の音楽キャリアとしても1つのマイルストーンになる曲だと思っています。
メイン機材:Gibson ES-175 Custom Barney Kessel Model – 1968 Left-Handed Mod
・映画『はなす』オリジナル・サウンドトラックを各ストリーミングサービスで聴く
© HIROYUKI ITO