西川美和監督の映画は、ハズレなしで全て面白い、と思う。
それが作家性というものなのか、独特の余韻があって、1回の鑑賞で何日もかみしめられる作品ばかりなのだ。
最近公開された『すばらしき世界』も、その例に漏れず何度も反芻してしまう内容であった。
寸評/感想(ほぼネタバレなし)
・犯罪ノンフィクションもののような派手さが無く、犯罪の事後、つまり「刑務所から出てきた男の人生の消化試合」を追いかけているはずなのに、大きなうねりを持ったハードな冒険物語に見えて目が離せない。
我々「こっち側」の人間には見慣れた日常なり世間のならわしであっても、人生の大半を刑務所で過ごした主人公・三上にとっては全く違う意味を持つということを見せつけられる。
・主演の役所広司はいわずもがな、出てくる俳優が全員、最高の演技。実在感があり物語に没入できる。原作が実話ベースだという背景もあるからか、観終わった後も三上という実在の人物のことをあれこれ考えずにはいられなくなった。
ちなみに、長澤まさみ演じるTVプロデューサーがちょっとデフォルメされすぎた人物像にも見えかねないが、よく似た立ち居振る舞いをするTV業界の方と遭遇したことがあるので「さすがにこんな人はいな……いや、いたわ」と思った。
・瞬間湯沸かし器のような直情型の主人公は魅力的であると同時に、その行動は「こっち側」の人間が見ると共感しきれない部分がなきにしもあらず。ただ、それを補うかのように、物語は中盤辺りからある人物の視点にじわじわとスライドしていく。これが巧妙なため、ラストにかけてこちらの感情が大きく揺さぶられることに。うーん、見事……
・原作『身分帳』は必読。映画というフォーマットには入りきらなかった背景がより立体的に見えてくる。個人的には、映画鑑賞後がおすすめ。
この映画の制作の背景を追ったエッセイ『スクリーンが待っている』もかなり読みごたえがあり、作品を生みだす過酷さや喜びがひしひしと伝わってくる。
・面白い映画って、シリアスだったり胸が苦しくなるような話でもどこかクスっとしてしまうコメディ要素があることが多いと思うんですけど、本作ももちろんあり。主人公があるとんでもないシーンでイキイキとしていたり。
・「シャブ打ったみたいやッ!」は名言。
ステレオタイプな善も悪も押し付けられないし、最終的には「こういう人たちの話でした」と空に向かってふわっとバトンを放り投げられるような映画。
ただ、観終わった後はそのバトンをキャッチしてしげしげと眺めずにはいられない心境になるはず。
※ネタバレを避けるために抽象的な表現ですみませんが、観た方はこの表現でなんとなくわかっていただけるはず。