フェラーリほど、その名前を聞いて極端なイメージを想起させる自動車はないだろう。
クルマが好きな人にとっては純粋に興味や羨望の対象ともなるだろうし、世俗的にはバブリーな人が手を出すある種の「見栄の象徴」でもあるはず。
車体よりも乗っている人間が注目されることもある不思議なクルマであり、ブランドだ。
そんな独特なクルマを、アラサー会社員が買って奮闘するという記事がGQ JAPANで連載されている。
・ 連載:29歳、フェラーリを買うに関する最新記事|GQ JAPAN
暗いニュースはいくらでもタイムラインに流れてくるのだから、ちょっと浮世離れしたような話も聞きたいではないか。
「29歳、フェラーリを買う」の読みどころ
そもそもクルマに興味を持たない人が増え、所有する意味が薄れた時代。
そこにまだ若い勤め人がフェラーリを所有するというのは、だいぶ思い切った行動だ。
己のものとしてスポーツカーを自在に走らせる喜びはもちろんあるとしても、良くも悪くも予測不可能な事態も噴出するはず。
それらを筆者であるGQの若手編集者イナガキさんの目を通して我々も体験できるのが、この連載の面白さだろう。
なんとなく毎回、冒険譚にも近いような読後感がある。
イナガキさんが購入したのは、2000年製の360モデナというモデル。
最近のフェラーリは壊れないと聞くけれど、その年代のフェラーリに”最近のクオリティ”を期待してよいかというとたぶん無理……ということが素人の私ですら分かる。
上品な紺色に包まれたその流麗な車体に、見た目での古臭さはまったく感じられないのだが。
ファッション誌GQだけあってどの写真も美しく、360モデナの芸術品的魅力を余すところなく伝えているのも見どころだろう。
購入価格は、記事から推定すると900万円~1000万円ぐらいのはず。
この時点で個人的には手が出せないのだが、さすがはフェラーリ、状態が良い個体としては格安らしい。
保証なし――つまり納車した後はどんな修理も有償ですよという条件もあってこの金額なのだそうだ。
「相場より安かろうと、クルマに1000万円を出せる時点で普通の20代じゃないのでは」とツッコむ人もいるだろう。
たしかに、記事を追っていくとこのイナガキさんが嫌味なくナチュラルに「ええとこの息子さん」な的な感じでわりと裕福な暮らしを送ってきた匂いはする。
しかし、なにか特権的なブーストをかましているわけではなさそうだ。自己資金で、がっつりローンを組んでいるようではある。
安定収入があることが前提とはいえ、フェラーリはリセールバリューが異様に高い/値落ちしにくいのでマイカー・ローンが良い具合に組めるらしい。
・参考:29歳、フェラーリを買う──Vol.15 サラリーマンのフェラーリ㊙︎購入術!
つまり「保証なしフェラーリ」というなかなかのリスクを受け入れるような気概さえあれば、買うだけならできる(かもしれない)というわけだ。
独特な丈夫さと壊れ方。そして異次元の車検費用!
なんとか買えたとしても、気になるのはその後。
なんだかんだ壊れたりして維持コストが尋常じゃないんでしょ?とこちらとしては妙な期待もしたくなる。
さすが特殊だなと思ったのは、1-2週間エンジンをかけないとバッテリーが上がってしまうという話。これによって、フェラーリ謹製の専用充電器が手放せないらしい。自分なら燃費の極悪なテスラを買ったような気持ちになるかもしれない。
とはいえ、そういうフェラーリ特有のアクのようなものを除けば、連載を見る限り致命的な故障は起きていない。
ネタがなくなってしまうと筆者がボヤくのもわかるほどで、元々の期待値も低いせいか、丈夫にすら感じられる。
ドアが開かない故障とか、およそ国産車では考えられないようなトラブルは起きているが、たとえば走行中に煙を吐いて止まるような派手なものはない。
前オーナー時代の謎の整備ミスが発覚して、火災発生の可能性も指摘される事件はあったが、これも結局は事なきをえている。
さらにどれもトラブル一発で数十万円とかではなく、高級車ならそんなもんでしょ!というぐらいのコストで購入後1年ほどを過ごせているようだ。
これは、イナガキさんが前世でよほどの徳を積んでいるか、あるいはかかりつけのお店が信頼できるところで良い関係を築けているということが大きいのではないか。
長期メンテが必要な高額商品を買う時は、お店選びが超大事という基本を思い出させてくれる。
また「フェラーリだから多少の出費はしょうがない」的な魔法にかかってしまっているようなイナガキさんの様子も伺えて、それもちょっと面白い。
フェラーリと全然違って資産価値ゼロですけど、うちも近い年式の欧州車を社用車にしているので、その魔法というか自己暗示はなんとなくわかります。
・参考:29歳、フェラーリを買う──Vol.5 持つべきものは頼れるディーラー!
ただし、やはり車検の値段は異次元だった。
いろいろと整備・交換しているとはいえ、法定費用含めると100万円オーバーだってよ!
これはさすがに、私を含めて多くの人が「あっ……ごめんなさい無理」となってしまうはずだ。
・参考:29歳、フェラーリを買う──Vol.26 車検完了! “98万円”の意味とは?
きっと筆者が払っているのは”クルマの維持費”ではない
これは、連載を読めば誰もがハッキリと確信することだと思う。
筆者イナガキさんは、もちろん見栄や移動の道具を買ったわけではなく、クルマ好きとして唯一無二の体験にお金を払っているんだと。
つまり、モノではなくコトを買った。社会人として絶妙なタイミングに。
一念発起して自力で買ったからこそ、間接的に仕事の幅が広がったり、他のフェラーリオーナーたちとの縁が出来たり、胸のすくような運転体験を「借り物ではない自分のクルマ」として存分に味わうことに成功している。
たぶん貯金も減ったはずで、諸問題にストレスを感じることもあるだろうけど、それらと対峙した経験が糧になっていることが行間からにじんでいる。
冒険譚に近いと感じさせるのは、そういう向きがあるからだと思う。
そんなに良い話ならお前も買えばいいじゃんと言われると、そんな甲斐性は1ミリもありません!としか返せないのだが、みんなが出来るわけじゃないからこそコンテンツとして面白いのである。
なんだか次は
「中古の360モデナを維持するよりも、新車の方がトータルで維持費が安くなりまっせ」
という話に惹かれて新車を買いそうな雰囲気を出してるけど、大丈夫かな……?
連載50回を超えて、まだ目が離せない。
・参考:29歳、フェラーリを買う──Vol.39 新車フェラーリを購入!?