言い出しっぺになると、できることが増えていく|会社員×コワーキング運営のキャリア ー ゲスト:HOOP! 中岡豪さん(前編)【スモビる #21】

シララ株式会社のポッドキャスト「スモビる!」初のゲスト回です。
大阪府枚方市のコワーキングスペース「HOOP!」を訪ね、オーナーの中岡豪さんにお話をききました。多忙な会社員生活をぬいながら、地域コミュニティともなるコワーキングスペースという場を運営する中岡さん。
サッカーコーチ時代の挫折や社内コンテストでの体験から「言い出しっぺになる」習慣を身につけ、HOOP!を始めるまでをたどります。

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伊東宏之:このポッドキャストでは、スモールビジネスやその周辺のカルチャーについての話題をお届けしていきます。再生ありがとうございます。シララ株式会社の伊東宏之です。今回は初のゲスト回で、大阪府枚方市にあるコワーキングスペース「HOOP!」に来ています。今回のゲストは、この「HOOP!」のオーナーでいらっしゃる中岡豪さんです。よろしくお願いいたします。

中岡豪:よろしくお願いします。

伊東宏之:なんで僕が中岡さんと、あるいはその取り組んでらっしゃるこのコワーキングスペース「HOOP!」のお話を聞きたいかと思ったかというと、中岡さんの取り組みを見てると、こういわゆるビジネスとしてのコワーキングスペースとはちょっと違うなって感じたっていうのが大きいんですね。それかというと、その社会起業家だったりとか、その地域コミュニティの発展みたいな感じの動きが読み取れて、で、これを会社に勤めながら二足のわらじでやってらっしゃるとか、その背景に持ってらっしゃるようなコンセプトだとか、そういったものが僕はまだうまく言語化できてない、だけどもすごく興味がある状態なので、インタビューを通じて紐解いていければと思っています。中岡さん、普段は会社にお勤めですよね。

中岡豪:そうですね、はい。

伊東宏之:パーソルキャリアさん。

中岡豪:はい。

伊東宏之:で、そちらでまあ制作に関わってらっしゃって・・・

中岡豪:えっと、そこから移動をしまして今はダイレクトソーシングという企業さんが直接求職者の方にダイレクトメールを送るというサービスを担当しています。

伊東宏之:なるほどなるほど。で、個人としてこの「HOOP!」立ち上げた。初めてここを訪れる方に対してどうやって説明されますか?

中岡豪:そうですね、まあ普段来られた方には、まあもちろん勉強であったり、リモートワークであったり、そういう、その一人でやる仕事というものができるコワーキングとしての機能というのもあるんですが、コミュニティアンドコワーキング「HOOP!」という名の通りですね、コミュニティというのを大事にしていまして、えまあただここで黙々と仕事するだけではなくて、そこで、一緒に仕事したり勉強したりしてる人たちと繋がったりとか、もちろん我々運営の方とも繋がったりとか、何かこう、人と人の繋がりみたいなものが生まれるような場所なんですっていうことは、お伝えはしています。

伊東宏之:やってらっしゃるイベントが結構個性的だなと思ってて。保護猫の譲渡会だとか、この場を使った、あとはそのオールナイトのコントだとか、オープンマイクだとか、モルックとかもやってらっしゃいましたよね。なのでこの辺っていうのは、人と人との繋がりっていうのがベースにあってやってらっしゃるってことですよね。

中岡豪:そうですね。やはりそういった、まあ利用者さんが参加しやすいとか、来やすいイベントであるということは、前提としてはあるかなって思っています。

伊東宏之:商売として考えると、あんまり直結はしない。でもまあそういった人との繋がりっていうところでやっておられるっていうことですよね。

中岡豪:そうですね。もちろん、継続していくには、そういった経済的な観点でも考えなきゃいけないんですけども。そこはなんでしょうね。こう、人と人が繋がっていけば、いずれそうやって維持をしていくために、まあ何らかの力が働いていくのかなと。それは金銭的なものだけではなくてですね。ですので、なんでしょう、先行投資というとすごくドライな言い方になりますけども、まあ将来どうなるかというよりも、今できることをやっていく中で、将来につながっていくのかなというふうには考えています。

伊東宏之:実は中岡さんと僕は、出会ってからたぶん十年とかね、そのぐらい経ってるので、割ともう気の置けない感じになってると思うんですけど、今めっちゃ違和感があって。二人ともちょっとよそ行きの感じで喋ってるのが違和感があるので、ちょっとここから砕けてもいいですか?(笑)

中岡豪:全然いいですよ(笑)

伊東宏之:中岡さん、枚方出身の有名なバンドのアンダーグラフさんのコンサートとかもね、主催者側に回ってやってたりするじゃないですか。これとコワーキング業務っていうのは、また別だったりしますよね。

中岡豪:そうですね。

伊東宏之:一応「HOOP!」として取り組んでらっしゃるという感じ。

中岡豪:あ、そうです。「HOOP!」として取り組んでますね。

伊東宏之:これはどういう狙いというか、思いとかが?

中岡豪:元々「HOOP!」を立ち上げようと思ったきっかけではあるんですけども、まあパーソルキャリアの仕事で当時関わった仕事の中で、山形県の過疎地の仕事があって、廃校の体育館を活用した事業を考えるみたいなのがありまして。で、それでこう行かせてもらった時に、人がいなければ何もできないんだなということをすごく感じまして。で、自分のこう住んでる街が、まあいつかその人が減っていって、まあ同じようになってしまうのではないかというのが、当時すごく強く感じたことで。で、そうなる前に、今のうちに人がたくさんいるうちに、まあ自分も街を何とかして、なんかより良くしていくみたいなことをこう漠然と考えた時に。

伊東宏之:枚方市をですよね。

中岡豪:枚方市をですね。まあコワーキングスペース、そうやって人が集まって一緒に何かできる場所を作ろうというのが元々の、始まりです。で、まあその中で、その枚方という、まあちょっと大きな括りにはなりますけども、今そのコワーキングスペース「HOOP!」をやってる場所が枚方宿という、まあ昔宿場町があった、場所でやってるんですけども。
この枚方市というものを、もっといろんな人に知ってもらいたいとか、
もっといろんな人に、なんか来てもらいたいなということを考えた時に、まずそのアンダーグラフ自体が枚方出身で枚方を愛してくれていて、東京に行っても枚方のことを発信してくれたりとかしている姿を見て、彼らを応援することで、結果的にその枚方というものを、いろんな人に知ってもらえるだろうということもあり、なのでHOOP!の課外活動みたいな。

伊東宏之:なるほどなるほど。

中岡豪:やってます。

伊東宏之:はいはいはい。この地元である大阪府枚方市に対しての愛がものすごく強いっていうのがあると思うんですけど、これなかなか説明しづらいところかもしれないんですが・・・なんでそんな好きなんですか?

中岡豪:これは、否定するわけではないんですけど、枚方が好きというわけではなく自分が住んでいる街が好きという感覚ですね。

伊東宏之:自分の身体の延長じゃないですか。自分が住んでいる街って。で、ちょっとうまく言えてないかもしれないんですが、その自分を肯定してあげることと、こう、街をこうなんでしょうね、好きになるっていうこととかっていうのは、なんとなくつながる気がするんですが、どうですか?なんか関係あるんですかね。

中岡豪:でも、おっしゃる通りかもしれないですね。自分の体の延長線上のような感覚ではあると思います。

伊東宏之:うんうん。

中岡豪:やっぱりここにたくさんの人が来れば、何かこう、自分を認めているような感覚になったりとか、認めてもらえたんだという、この承認欲求というか、そういったものは少なからず感じますね。そうですね。

伊東宏之:なるほど、なるほど。でも人によっては、もちろんそういったアプローチの仕方もあると思うんですけど一番わかりやすいのだと、選挙に出たりとかっていう風になったりとかすると思うんですけど、そっちではなく、ってことなんですね。

中岡豪:そうですね。そこまでこう、大きなその世界に生きているわけではなく、自分ができるその影響範囲というか、社会を変えるとか、世の中を変えるとか、まあそうなったらいいですけど、まずは自分のその住んでいる街っていうところを、なんとかしたいなと。

伊東宏之:なるほど。

中岡豪:よくしたいなというふうに思います。

伊東宏之:うんうん。なるほど。そういった興味って若い時からありました?

中岡豪:そうですね。でもあったかもしれないですね。例えば中学校の時に。

伊東宏之:ちなみに中岡さん、今四十代でいらっしゃるんですね。

中岡豪:はい。中学校の時にサッカー部に入ってたんですけど、その休みの日にサッカーをしていると、小学校のグラウンドに行ってサッカーをしてたんですが、そこに児童会の子供たちがいてて、その子たちにサッカーを教えてたんですね。で、なんかそういったところから、誰かの役に立つとか、その何かを教えたりということは、原体験として、なんかそういうところで培われたような。

伊東宏之:なるほどなるほど。中岡さんご自身がここに来られるまでに、どういうふうなキャリアを歩んでこられたかっていうところをお聞きしたいんですけれども。

中岡豪:ちょっと特殊ですね。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:高校年生までサッカー部でサッカーをしてたんですが、大学に進学するつもりは全くなくて、高校卒業してから、ブラジルにサッカー留学をしたいというふうに思っておりまして。で、高校の三年の夏に大会に呼ばれて引退をして。で、それから、アルバイトをしてお金を貯めていたんですけども、当時弟が地元のサッカークラブに入っていて、たまたまそのサッカークラブの試合に弟が出てるので見に行ったところ、そこの先生に声をかけられて。で、ちょっと暇だから手伝ってくれへんかと。

伊東宏之:ああ、コーチ。

中岡豪:コーチですね。で、行くようになったんですけども、そこがコーチにはまりましてですね。

伊東宏之:さっきの話とちょっとつながるわけですね。

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:なるほど。はいはい。

中岡豪:中学校の時にそういった原体験があったというのもあるんですけども、当時のその子供たちが、本当にやんちゃだったんですけど、もうやればやるほど上手になる姿を見ていて、自分がやるよりもその子供たちが上手になる方が、すごい楽しいというか、やりがいを感じる部分も多くてですね。で、そこからもうサッカーのコーチになろうということで、ブラジルにサッカー留学するのをやめて、サッカーのコーチになりました。で、なって、そこから十二年間ですかね、やってたんですけども、結局二十九歳の時に辞めたんですけど。

伊東宏之:夢としてはプロサッカー選手だったわけですね。

中岡豪:そうです。はい。

伊東宏之:それが今度はサッカーのコーチにすげかわったと。

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:はいはいはいはい。で、そのままじゃあずっとコーチをやられたってわけですね。

中岡豪:そうなんです。あのコーチをやってたんですけども、まあやっぱりこう、二十代の半ばに差しかかり、何かこう、このコーチという形で、サッカーを、サッカーに関わる形で。

伊東宏之:はい。

中岡豪:ご飯を食べていくにはどうしたらいいかってことを考えた時に、一つの道はこのままサッカーのコーチを続けることと、もう一つは学校の先生になること。

伊東宏之:そうですよね。

中岡豪:で、学校の先生になろうと思うと、当然のことながら教員免許を取らなきゃいけないので、佛教大学の通信教育部だったかな。国文学科の方に入りましたけど。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:そこでサッカーのコーチをしながら、通信制ですので、あまり学校にも行かなくてもよかったので、その通信制で大学に進学をしたと。

伊東宏之:あの文学は興味あったんですか?

中岡豪:本が好きで。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:当時から本はすごく読んでたので。

伊東宏之:ふーん。でも読書家のイメージありますよ。中岡さん。そういえば。

中岡豪:最近読めてないですけど、本はすごく昔から好きですね。

伊東宏之:そうですよね。

中岡豪:はい。

伊東宏之:教員免許を取られたってことなんですか?

中岡豪:結局大学を卒業する、教員実習も行って、

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:大学の卒業資格はあったんですけど、資格を取りに行かず、もうその当時はもう就職をしてたんですね。転職をしてまして。

伊東宏之:そうか、年齢的には大人だから。

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:はい。そうかそうか、社会人として大学に通ってたわけですね。

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:ああ、はい、そうなんですね。

中岡豪:その期限があるのかわからないですけど、大学に申請をすれば卒業という形なんでしょうけども、最後行ってないので、それ取れてるのかわからないです。

伊東宏之:忙しすぎてなんかうやむやになっちゃったみたいな。

中岡豪:完全に忘れてました。

伊東宏之:社会生活を営む上で、ちょっとそこのプライオリティが下がってたってことなんですかね。

中岡豪:そうなんです。二十九歳の時にサッカーを辞めたきっかけが、当時高校の三年生からずっとサッカーのコーチをしていて、子供たちにも、その保護者の方々にも、やはり神のようなと言いますか、崇め奉られるような。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:存在で。

伊東宏之:はいはい。「先生、先生!」って言われますよね。

中岡豪:コーチ、コーチ!で、やはりこう、いわゆる社会人としてのそういうビジネスマナー、例えば時間を守るとかいうこともそうですし、当時そのお金の管理とかもしてたんですけど、そういったところもすごく雑で。

伊東宏之:自己流になっちゃいますよね。

中岡豪:そうなんですよ。で、いろんなことでご迷惑をおかけして、結果的に辞めざるを得ない状況になってしまいまして。

伊東宏之:大丈夫ですか?めちゃくちゃ明け透けに話して。

中岡豪:全然大丈夫です。

伊東宏之:カットしてなきゃいけないところはあとで教えてください。

中岡豪:なので、そういったことで辞めざるを得なくなっちゃって。で、そこで初めて気づくんですけど、いかに自分がいい加減にやっていたかということを気づきまして。で、そこから当時結婚もしてましたから、とにかく早く仕事を見つけなきゃいけないということもあり、で、転職活動といいますか、活動して、で、あの就職をしたんですけども、そういったこともあって、完全に抜け漏れてたとにかく、もうあの学校の先生になることを考えてなかったので。

伊東宏之:で、あの就職されて、で、最初の会社で出張という形なのか、かなり長い間東京にいたってことでしたよね。

中岡豪:そうですね。前の会社がですね、えーと二週間の東京、一週間の大阪、一週間の中四国というような、非常に広範囲のエリアを担当しておりまして。なのであの半分東京にいるような。

伊東宏之:そうですよね。はい。いわゆるオフィスワーカーになられて、で、転職して今のパーソルキャリアに行かれた。

中岡豪:そうです。

伊東宏之:ってことなんですね。なるほど。それはどういうきっかけで。

中岡豪:前職が医療系の人材会社で、で、そこにこう主にこう看護師さんの転職支援をしていたんですけども、たまたま関東のある医療法人グループで、いろんな人材紹介会社を集めて、で、うちの病院に看護師さんを紹介してほしいというような説明会のようなものを開催をしたんですね。で、その時に当時今のパーソルキャリアにいらっしゃった方が参加をされていて、で、その説明会が終わってからお声がけをしてくださって、で、その関西で医療系の人材サービスを立ち上げたので、よかったらご飯、ご飯でも行ってちょっと話しませんかということで、行きまして。で、その時によかったらうち来ませんかということで。

伊東宏之:引き抜きですね。

中岡豪:で、あの当時は今パーソルキャリアという会社ですけど、社名ですけど、インテリジェンスという社名だったんですが、えっと、実は先ほどお伝えしたその二十九歳の時にサッカーのコーチを辞めて、で、就職をしなきゃいけないとなった時に、自分の今いる会社の転職ブランドのdodaに登録をしまして。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:それで登録をした直後にインテリジェンスのキャリアアドバイザーの方とお話をさせていただいた時、いろいろ教えていただいたんですね。教えていただいたというか、もう半ば呆れられてましたけども、私自身があのサッカーのコーチをずっとしてたわけですから、全然なんでしょう、あのビジネスマナーもわからず。で、大阪のハービス、ハービスでキャリアカウンセリングを受けたんですが、その当時スーツを着ていたんですけど、スーツのシャツの下にPUMAのシャツを着てまして。

伊東宏之:透けてたわけですね。

中岡豪:透けてるんです。

伊東宏之:ダメですね。

中岡豪:で、あの席に着くなり、キャリアアドバイザーの方が、おそらく当社では中岡さんをご支援することは難しいですと言われまして。で、なぜですかって聞いたところ、まずそのビジネスマナーとして、柄ついたシャツは下には着ないですと。で、黒靴だけの靴下も良くないです。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:で、あの革靴を履いてきてくださいと。

伊東宏之:革靴でもなかった。

中岡豪:スニーカーでした。

伊東宏之:ああ・・・

中岡豪:ネクタイもなんか変な長さで。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:っていうようなことを言っていただいて。で、あの履歴書の書き方、職務経歴書の書き方、そういったこともここは良くないということで、いろいろ教えてくださったんですね。

伊東宏之:なるほどなるほど。

中岡豪:で、僕からしたらそういうのは初めてだったので、面接の時もいろいろこう、面接対策という形で指導してくださって。で、その時にあの人材業界ってすごいビジネスだなというふうに思ったんです。

伊東宏之:そこで結構印象が深くなったんですね、人材業界というものに対して。

中岡豪:なんか何にもこう社会人経験ない二十九歳の人間に対して、ここまでこういろいろ教えてくれて、そこに恩を感じたのがあのあったんです。

伊東宏之:かなりじゃあ的確なフィードバックをその時に受けたってわけなんですね。

中岡豪:そうですね。

伊東宏之:向こうはぶっちゃけ一銭もお金にならない、にも関わらず。

中岡豪:そうなんです。お金にもならないのにもつど言っていただいて。で、その当時は自分で転職サイトで見つけた会社に就職をし、で、三年半ぐらい勤めたんですけども、で、あのお声がけをいただいた時に、恩を返せる時が来たなというのを当時考えたんです。

伊東宏之:なるほど。伏線があったわけですね。

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:中岡さん、そういう服装じゃダメですよって言われて。それで最初の一社目に就職する時は、ちゃんとそのアドバイスを生かせたから入れたっていうのがあるわけですね。

中岡豪:そうですね。

伊東宏之:くるぶし丈の靴下もやめたし、ネクタイも締めたし、柄物のシャツは下に着なかったと。それだけ守って。

中岡豪:はい。

伊東宏之:で、それで見事受かって。で、その後でまたdoda、インテリジェンスさん、パーソルキャリアさんと縁があったと。

中岡豪:そうですね。

伊東宏之:そのそこに至るまでで、中岡さんご自身が二十九歳とかからで、おそらくものすごい成長されたから、そうやってその逆にパーソルさん側からフックアップされるようになったってことなんですね。

中岡豪:ですかね。その前職があの本当にすごい会社で、まあいわゆる今で言うとブラック企業と言われるんですけども、えーと、まあ僕からすると、あれだけこう厳しくいろいろ教えていただけたからこそ、そうやってお声がけいただけたというふうに思いますし、やっぱそこに関してはとても恩を感じてる部分ですね。

伊東宏之:ちょっとだけ何か負荷をかけないと能力って伸びなかったりする問題あるじゃないですか。そこがキャリア形成ですごく難しいなと思うんです。例えばその、今独立してしまうと、誰も自分に負荷もかけてくれないし、誰も怒ってくれなくなるみたいなのがあるじゃないですか。その時ってどうやって負荷をかければいいですか?中岡さん、たぶん自動的に自分でかけますよね。

中岡豪:そうですね。むしろ自動的にかかるようなことを意図的にやってますね。

伊東宏之:どうやって?

中岡豪:一番簡単なのは自分が言い出して自分でやるということですね。それはすっごく意識してます。

伊東宏之:一人だと小賢しくなって。

中岡豪:そうです。

伊東宏之:言い出さなくなるでしょ。

中岡豪:はい。

伊東宏之:でもそこに関してはリミッターを外してるってこと。

中岡豪:そうですね。これに関しては、今のパーソルキャリアで学んだことというか、これが大事なことなんだなというのを今の会社で学ばせてもらったんですけども。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:あの三十三歳の時に、パーソルキャリア、当時インテリジェンスに転職をしまして、えー実際にこう立ち上がったばっかりのサービスで関わっている中で、その医療とか介護の領域においては圧倒的に自分が知識はあるんですけど、経験もありますし。ただ、当時のインテリジェンスからすると新しいサービスなので、競合他社がものすごく強いんですね。で、僕が前にいた会社は割とこうトップ、トップ三社に入るようなところで、その差があって、やっぱりこうやれるもやれるも成果が出ない。というような状況で、結果的にそのサービスがクローズしてしまったんですね。で、クローズしてからキャリアアドバイザーの方に、全く医療関係のないキャリアアドバイザーの方に異動したんですけれども、今その違う部署の人たちとこう一緒に仕事をしていくと、圧倒的な力の差を感じたんですね。オペレーション一つ取っても、やっぱりこう手順を持って仕事を進めていくとか。

伊東宏之:なるほどなるほど。

中岡豪:ずっと自己流でやってきた自分が、やっぱり手順がちゃんと決まっている中でやっている人たち。で、あの周りの人たちの学歴を見ても、冠婚葬祭なんか当たり前で。

伊東宏之:まあ会社的にいわゆる一流企業ですからね。そりゃそうでしょうね。下手すれば下手すればというと言い方あれですけど、東大とかの人ってごくごく普通ですもんね。東大京大当たり前みたいな。

中岡豪:そうなんですね。やっぱり学力の高い大学を、大学出身で、かつその世の中を変えてやるんだと、社会を、社会に価値ある何かを残すんだっていう人たちが、当時のそのインテリにたくさんいらっしゃったので。

伊東宏之:聞いた瞬間、ごめんなさいってなりますよ。

中岡豪:異動してから今までは医療介護の自分の持ち場でやってたんで、まだいけたんですけども、異動した途端何もできないことに気づくわけですね。で、それで気づいて、自分よりも七つ八つ年下の方が自分を、指導するみたいな感じになって。

伊東宏之:二十五、六歳の人に。

中岡豪:そうです。はい。でもめちゃくちゃ仕事できるんですね。

伊東宏之:だからこっちから文句のつけようがないわけです。

中岡豪:ないです。はい。で、もちろんいい方たちばっかりなんで。

伊東宏之:そうなんですよ。そこがたちが悪いんですよ(笑)

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:本当に人柄も素晴らしいから、もうひがむことすらできないんですよ。

中岡豪:ぶつける先がない。

伊東宏之:ないです、ないです。

中岡豪:自分にしかぶつけられない。

伊東宏之:そうですよね、はい。

中岡豪:もうやれどもやれども成果も出ないですし、本当に周りの人たちすごいなというふうに思ってて。この差は一生埋まらないんじゃないかっていうことを当時考えたりしてたんですけども、ある時、社内で新規事業のコンテストがありまして、どういうシステムかというと、自分がこういう事業をやりたいという提案書を出して、で、応募をして、で、それ通れば、今度はその東京に集められて、五人に集められて、そこで当時のグロービスの先生が来ていただいて、で、あのビジネスの作り方とか事業の作り方を教えてくださって。で、最終的にはその集められた五十人の中でチームを作って、で、新規事業を考えて、で、通れば会社が一億円まで出資しますというような、あの仕組みだったんですね。で、運良くそれに通りましてですね。で、あの東京に集められたわけですね。で、集められたんですけども、関西で、周りの人たちってすごいなと、めちゃくちゃ仕事できるなって思ってたんですけど、東京に行ったらそこに集められた人たちが、新規事業を立ち上げるぞみたいな人たちばっかりなんで、かつ仕事もめちゃくちゃできるし、野心もめちゃくちゃあるんです。

伊東宏之:人柄もいいんでしょ?

中岡豪:人柄もいいです。

伊東宏之:また出ましたよ。

中岡豪:もう、で、すごいなと。こんな人たちが世の中にいるんだという衝撃を受けましてですね。で、集められた当日に六人のチームを作ったんですけども、まあ僕自身はもう本当に落ちこぼれというか、年齢は一番高いですし。

伊東宏之:そうか。キャリアスタートがちょっとね、後ろ倒しになりましたから。

中岡豪:年齢高いくせに何にも知らない。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:あの前でそのグロービスのその先生が、秦先生って先生でしたけど、先生が、花王のビジネスモデルを端的にまとめてくださいみたいなことをこう言って。で、考える時間があり、で、それぞれが手を挙げて、こういう特徴がありますとか、他社とこういうところ違いますとか。

伊東宏之:それ調べたりはしないんですか。

中岡豪:もうその、その場で考えて。

伊東宏之:己が持ってる知識だけで答えなきゃいけないってことですね。

中岡豪:はい。

伊東宏之:あら。

中岡豪:というような授業があって。で、その授業の意図としては、別に間違っててもいいから、自分の知ってることをどんどんどんどん発表しましょうみたいなだったんですけど、あの全く何にもわかんないんです。答えてる人の言う言葉もわかんないですし。

伊東宏之:割と横文字も出てきますからね。

中岡豪:そうなんです。もう忘れもしないですけど、最初に当てられた人から、なんかエスタブリッシュメントっていう言葉が最初に出たんですけど、もう創業年という意味で言ったんですけど、SCミッションは?みたいなことを言ってたんですけど、もう創業年でええやんって後で思ったんですけど。

伊東宏之:正直すいません、いけすかねえな!って僕は思っちゃいますよ。

中岡豪:そうなんですよ。もうそれがまかり通る。

伊東宏之:そうですよね、その世界にいる。

中岡豪:その世界で。

伊東宏之:それが嫌味でもなんでもないわけです。

中岡豪:そうなんですよ。あの普通に使ってる言葉なんですね。でも僕からしたら、なんじゃこりゃと。で、もう発表してる人の全然何言ってるのもわかんないですし。うわ、これえらいとこ来てしまったなと。もう初日に思ったんですね。で、帰りの新幹線で、これはちょっともう辞退しようかなと。もう何にもならない。わからんし、どうしようかなって思ってたんですけども。

伊東宏之:半泣きですよね。

中岡豪:半泣きです。

伊東宏之:心細くて。

中岡豪:そうなんですよ。で、どうしようかなと思ったんですけど、あの名古屋駅で新幹線が止まって、で、ふとホームを見た時にですね、お母さんと子供が、子供さん、たぶん幼稚園ぐらいの子供さんだったんですけど、お母さんがゴミを捨ててて、で、子供さんがその横にいたんですけど、お母さんがゴミを捨ててる時に子供さんが走り出して行っちゃったんですね。

伊東宏之:はい。

中岡豪:で、お母さんが、もちろん追いかけて行ったんですけど、なかなか子供さんに追いつかないんですよ。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:で、もうほんとその数十秒のシーンだったんですけど、それを見た時に、まあひらめいたんですね、僕は。

伊東宏之:はい。

中岡豪:ひらめきまして。

伊東宏之:はい。

中岡豪:子供でも大人に勝てる方法があるなって思ったんです。身体能力の何もかも劣るのに。でも、あ、大人に勝てる方法あるなって思ったのが、

伊東宏之:はい。

中岡豪:誰よりも早く始めること。

伊東宏之:はぁー。

中岡豪:もうスタートって言われる前にスタート切っちゃう。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:が、あ、これが自分にできることだってその時にひらめいたんです。

伊東宏之:ええ。

中岡豪:で、その2週間後に東京に行った時に、先生が問題を出す、課題を出す。

伊東宏之:はい。

中岡豪:で、挙手して答えるというのを、全くわからないのに一番に手を挙げるっていうのをやったんです。で、当たり前ですけど、あ、じゃあ中岡さんって当てられて。

伊東宏之:怖いですよ、結果が。

中岡豪:答えられないんですけど、まあいざという時になんか出るやろうと思って。

伊東宏之:ええ。

中岡豪:で、なんか出すんですよ。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:もう自分のわかっている脳みそのこのなんか知識を総動員してなんか答えるんですよ。

伊東宏之:はい。

中岡豪:で、先生が、それ違いますとかダメ、ダメとか言わないんですけど。

伊東宏之:なるほどなるほど。

中岡豪:それってこういう考え方もありますよとか、

伊東宏之:なるほど。

中岡豪:アドバイスをしてくれるんです。で、次また次の設問いって、じゃああのどなたかっていう時にもう過度過ぎに入って手挙げるんです。

伊東宏之:はい。大丈夫ですか?授業のクラッシャーになってません?

中岡豪:クラッシャーです。はい。で、そうしてそれが午前中終わった時に、午後のお昼ご飯の時に、自分のチームの人たちが、中岡さん、あれってこの本に載ってますよとか、これですよって言って言ってくれるんですね。

伊東宏之:指導的の人は違いますね。あいつやべえから外そうにならない。

中岡豪:何とかしてやろうって話。で、他のチームの人もなんか声をかけてくれるようになって。

伊東宏之:中岡さんご自身の体験だから、ちょっとなんでしょうね、卑下ではないですけど、少しこうね、至らなかったみたいな話してらっしゃる感じがあると思うんですけど、実際はたぶんところどころ芯を食ったことおっしゃってたんでしょうね、きっと。

中岡豪:そうやったらいいんですけどね。もう恥ずかしくて、もう当時あんま思い出せない。

伊東宏之:記憶から消してる。

中岡豪:はい。で、まあそうやって繰り返してると、周りの人たちがいろいろ教えてくれるようになり。

中岡豪:で、それを何回かこう、結局4ヶ月間ぐらいで、6回か7回ぐらい東京に行ったんですよね。で、そういうのをこう繰り返してたんですけども、それが終わってから、結局その新規事業の、僕らが考えたものは、その当時は最終まで残ったんですけど、まあダメなんですね。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:で、終わってから、ふと、あのオフィスで働いてた時に、何でしょう、そういう環境でやってたからか、

伊東宏之:はい。

中岡豪:あの周りの人のボロが見えてくるようになって。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:例えば教えてくれてた人の、前言ってたことと口実が合わないなとか。

伊東宏之:なるほど。

中岡豪:あれ、こういう方法だったのになんか違うなって言って、まあ質問するようになったんですよ。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:この間こう言ってはりましたけど、え、今回ちょっと違うんですか?なんで違うんですかね?みたいな。こう聞いたら、あ、こういう理由で違うんですって説明してくれたんです。で、なんか今までとはまた違う、このやりとりが出てくるようになって。

伊東宏之:うんうん。

中岡豪:で、あれ、これなんかあの自分ちょっとできるようになってるかもみたいなことをその当時思うようになり。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:あ、だったらやっぱりこう何かをやるにしても、自分が手を挙げて自分がやるぞってしてやると、まあ物事がうまく進むなと。失敗もたくさんありましたけど。

伊東宏之:ここで元の話に戻ってくるわけですね。

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:自分への負荷の掛け方、

中岡豪:そうなんです。

伊東宏之:正しい負荷の掛け方。

中岡豪:はい。

伊東宏之:はいはい。

中岡豪:結果的に、そうやって自分が言い出しっぺになってやるということが、自分のそのできることが増えていく、

伊東宏之:なるほど。

中岡豪:考えが広がっていくということに、その当時繋がり、だからそれを今もやってるような感覚ですね。

伊東宏之:このHOOP!自体も。もちろんその自分からの百パーセント能動的にこうやっていってるじゃないですか。で、ここでちょっとHOOP!の話に戻ってくると、そういったことをやる時に、まあ選択肢は例えばカフェとかでも良かったと思うんですけど、それでどうしてコワーキングスペースにしたのか、こうまあ細かく選択肢がある中で、ここに絞り込んだのってどこがポイントだったんですか?

中岡豪:二つありまして、一つは元々このコワーキング自体は、あの保護猫コワーキング、猫がいるコワーキングみたいな形にしたかったっていうのがあります。で、その保護猫コワーキングしたかったのも、当時あの渋谷にあったあの猫ワーキングっていう、あの保護猫のコワーキングがあったんですけど、そこを見に行かせていただいた時に、やっぱり利用者の方が滞在時間が長くて、猫がうろうろしてて、で、相性があったら引き取るみたいな形で、いわゆる譲渡会で何回か会っただけではなくて、普段からこう接していて引き取ってもらうっていうのが、お互い猫にとっても人にとってもいいのかなということもあったので、じゃあコワーキングという形態って、その保護猫とのマッチングにおいては非常にいいのかなというふうに感じたことと、そこももちろん共通するんですけど、まあコワーキングになると、ある種その目的みたいなものがないと来ないので、あのカフェでしたら、まあある程度そのなんか話をしてとか、勉強してとか、もちろんあるんですけど、なんか何もないところにこう自分で目的を持って来るという、この行為が、何かその、じゃあ目的が、例えばその同じ目的を持ってる人同士が、じゃあ一緒にやりましょうとか、何かその共通していくものが増えていくことによって、コミュニティというものができやすいんじゃないかなというふうに、まあいろんなコワーキングをあの回った時でも感じてたんですけど、そこがコワーキングをやろうというのが大きな理由ではありましたね。

伊東宏之:で、場所自体も、この枚方市って結構広い市なんですけども、枚方宿という宿場町、ここね、たぶん一度来ていただかないとなかなか分かりづらいと思うんですけど、非常にこう古い町並みというか、趣深い建物がね、たくさんあってっていうところで、環境としてもすごくいいと思うんですけど。とはいえ、まあ広い市内の中でここにした理由っていうのは、どの辺がポイントだったんですか?

中岡豪:まあその枚方をこう盛り上げるというか、その抽象的ですけども、あの漠然とした中でこう考えてたことで、じゃあその盛り上げるって具体的にどういう状態がこう盛り上げる状態なのかと。

伊東宏之:違いますからね。人が集まって騒いでると盛り上がるのは。確かに。

中岡豪:今もそうですけど、この枚方宿に例えばそのお店がたくさん建ち並んで、で、まあなんでしょうね、こういわゆるそのもう一個の都市をここに作るみたいな、そういうものではなくてですね、住んでる人たちもいて、そういった人たちがなんか住む中で、こう、ここに住んでよかったなと、なんかここがやっぱり一番いいなというふうに思えることが、僕としてはその街が栄えているような状態でもあるんですね。だから過度にその観光みたいなことを強化しようとか、そんなことではなく。

伊東宏之:なるほど。

中岡豪:街全体がこうエネルギーのあるような、みんなが何かしよう、何かしたいな、いいなと、こうっていうような、なんかそういうポジティブな思いみたいなものがこう溢れていく場所というのが、僕の考える盛り上がってる街なんですね。で、それをこう枚方市内で考えた時に、元々この枚方宿に、市役所とか警察署とかもこっちにあったんですね。今は線路の向こうに行ったんですけど、で、まあ過去盛り上がった街ですから、また盛り上がることできるんじゃないかと。

伊東宏之:うんうん。

中岡豪:昔こっちが栄えてたので、だからまたこっちが栄えるっていう時もあるんじゃないかというのを、なんとなくこう、地理的な側面でも考えたんですね。で、今このHOOP!がある場所も、ちょうど枚方宿の中心地なんです。で、中心地ですし、ここからまた何かこう枚方宿というものが発信できたりとか、何かの拠点になればいいなというふうな、というのが、この枚方宿で始めた一番大きな理由ですね。

伊東宏之:ありがとうございました。じゃあ後編ではですね、そのHOOP!に関してもう少し詳しく聞いたりですとか、あと運営していく上でのリアルな経営の部分ですとか、その辺をちょっとお聞きしたいと思います。ありがとうございました。

中岡豪:ありがとうございました。

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