クルマの「側面衝突試験」が日本と海外でだいぶ違う件

自動ブレーキが実用化されるなど、自動車の安全対策はどんどん進化している。
いざぶつかってしまった時の衝突安全性についても日進月歩のはずなのだが、調べてみるとその評価の方法でちょっと気がかりなポイントがあった。

それは「側面衝突」の試験方法だ。
言うまでもなく自動車の側面は外界と乗員の距離が近い。
この事故対策が生死を分けるといっても過言ではないだろう。

画像はJNCAP衝突安全性能評価パンフレットの表紙より

日本の側面衝突試験は、軽自動車が突っ込んでくることしか考えていない?

国土交通省らが公表しているJNCAP(ジェイエヌキャップ)という自動車の衝突安全試験がある。
ここでは前面衝突試験などと共に、側面衝突試験が実施されている。

JNCAPの説明を見てみよう。

試験車の運転席側に、質量950kgの台車を時速55kmで衝突させます。
JNCAP:衝突安全性能試験の概要

ん?950kgって、ちょっと軽いのでは……

車重が950Kgの車種を調べてみると、HONDAの軽自動車N-BOX(2015年モデル)が該当した。

しかし現実の道路では中型セダンやSUV、トラックが行きかう。
軽自動車だけが側面に突っ込んでくるなんてことはあり得ない。

この台車の重量が普通車並みになると本体への衝撃が格段に大きくなるということは、高校で物理につまづいた私でもわかる。

まさか良いスコアを出すためにJNCAPが自動車メーカーと結託して軽い台車にしているなんてことはないだろうけど、この試験条件には疑問を感じないだろうか。

ヨーロッパ「Euro NCAP」の側面衝突試験

J-NCAPよりも歴史が古く、基準も厳しいとされるヨーロッパの「Euro NCAP(ユーロエヌキャップ)」はどうなっているのだろう。

Euro NCAP側面衝突試験の説明ページでは、時速50㎞の台車をぶつけると書いてある。
重さが不明だったので問い合わせてみると
「1300 ± 20kgだよ。PDFもあるから見てね」
と返信が!
親切やんけ、Euro NCAP。

その時のメール▼


1,300kgといえば、TOYOTAのミニバン「シエンタ」の2WDが1,310kgなので、ほぼ同じ。
こちらのほうが軽自動車をぶつけると想定するよりも、実態に即している。

とはいえ、数値で比較しないと意味がないので運動エネルギーを計算してみたい。
運動エネルギー計算機」という、自動計算をしてくれるサイトの力をお借りした。

運動エネルギー(J:ジュール)を計算!

車重950Kgで時速55㎞の場合:
1/2 × 950kg × (55km/h)2 ≒ 110,870J

車重1,300Kgで時速50㎞の場合:
1/2 × 1,300kg × (50km/h)2 ≒ 125,386J

ジュールの数値を単純比較した場合、差は約15,000Jという結果に。
それだけだとイメージが沸かないので、あくまで参考までに以下を引用しておく。

野球硬球ボールを時速140kmで投げると運動エネルギーは約110ジュール
(引用元:「銃砲刀剣類所持等取締法で取り締まる「鉄砲」は「運動エネルギー」で決まります!?」

※物理の知識に疎いので「そこ違うぞ!」という場合はドシドシ突っ込んでいただければ幸いです。
※2017/7/25 19:00追記「ジュールの単位系だと距離はメートルで時間は秒なので、速度をメートル毎秒(m/s)に直さなきゃいけない」とのご指摘あり。とはいえ、いったん分かりやすさ重視でこのまま時速で表記いたします。

アメリカはさらにエグい試験をやってる

アメリカには「IIHS」という、保険業界が設立した非営利の評価団体がある。

ここでの側面衝突試験には、デカくて重い車、つまりより危険性の高いSUV車両が側面に突っ込んできたことを想定した試験がある。
排気量4000ccのピックアップトラックがゴロゴロ走っているお国柄が反映されているともいえよう。

車高が高い車が横から突っ込んでくるということは、すなわち乗員の上半身・頭部へのインパクトも強くなるということだ。

これがその試験の映像▼

参考までにこっちがJNCAPの試験映像▼

IIHSのほうが台車が高く、ゴツいことが一目瞭然。

なお、IIHSのSide crash testページによると、台車の車重は3,300ポンドで時速31マイル。
kgと時速に直して計算してみた。

車重3,300ポンド(1,500Kg)で時速31マイル(時速50㎞)の運動エネルギー:
1/2 × 1,500kg × (50km/h)2 ≒ 144,676J

JNCAPの110,870Jと比べて格段にエネルギーが大きいということはわかる。
しかも、しつこいようだがSUVを想定した車高が高い台車=ぶつかる位置が高い車でのテストだ。

JNCAPは世界一厳しくなってほしい

今回の比較から、少なくとも自動車の側面衝突試験に関して日本のテスト条件はちょっとヌルめで、ヨーロッパとアメリカのほうが実態に即していると言えそうだ。

JNCAPは、これまでも段階的に基準を厳しくしてきているのだが、早く欧米を追い越して世界トップの厳しい評価制度になってほしい。
耐久性で世界に誇る日本車を作り続けてきた国内メーカーならきっと対応できると信じたいし、メーカーは百も承知だと思うがその評価はセールスにも繋がることは自明だ。そもそもマーケティング以前に企業の責任が問われる部分だと思う。

なお、日本のメーカー各社はJNCAPより厳しい社内テストをおこなっているという話は聞いたことがある。
余裕をもってJNCAPをクリアしていることから、それは事実だろう。
とりあえずは、その結果をフェアに公表してくれれば、我々ユーザーは参考になるんだけど……客観性の問題で難しいでしょうね。

<2017/7/25 15:50追記>
独立行政法人交通安全環境研究所のレポートで「車高が高い車両との側面衝突に関する検討」というのを見つけたのでこの点に関する懸念はいちおう国レベルであがっているらしい。
→『車高が高い車両との側面衝突に関する検討』(PDF)
また、2018年6月15日以降の新型車にポール側面衝突試験が開始される。
つまりそれ以前に発売された車を買う時に、より注意が必要ということになる。

関連エントリーを追加しました

本エントリーの続報・補足となるような最新情報を追加しました。
→2018年6月1日公開:JNCAP発表 軽自動車の側面衝突試験をチェック